どんだけ日本語読めないのよ、てことには驚かない

テレビネタのはずが…。

毎年 3.11 関連の特集を意識的に観る習慣になっていて。なので『未来への手紙〜あれから5年たちました〜』(5日(土))も観た。最後まで見終えて、スタッフロールで「是枝裕和」に気付く。ん? 同姓同名か? でもこんだけ珍しい名前の同姓同名はいなそうだ…。

と調べたら、やはり本人だった。

この監督の作る映画が好きなのかそうでもないのかはちょいグレーだが、そんなことより KORE-EDA.com が、これまでテレビで観てきた「是枝裕和」像とイメージが随分違うのに興味を惹かれてしまった。あ、「言う人」なんだな、このヒト。

ワタシは原則として「浦島野郎」なのです、ネット民は結構騒いでおったとですか、知らなんだ。でも「ぱんぴー」なんてそんなもんだべよ、あたしもその一味ぢゃ。(ブログなんて書いておるがアタシゃ自分のことをブロガーだと思ったことは一度もないし、ネット住人の自覚もない。)

で一言。「バカなの?」。「是枝裕和」がじゃないぞ。冷静に中立的に読めば、というよりも「ずっとそうだと思っていたワタシ自身の良識・常識」に従って読めば(ワタシはフツーに「夜警国家」を思い出しつつ読んでた)、納得出来ることしか書いてない。「バカなの?」はこれに反応したネット民の「反応の仕方」のほうである。と思う一方で。

要するに「読まない」んだよね、長文。わかるとこだけ拾い読みして「わかったフリして反応する」のは何もネット民に限ったことじゃない。比較にもならない下らない例としてはだな、「エンジニアは仕様書が読めない」なんてのも、あるんだね。読めば書いてあるのに、読みゃしないんだからさ、泣けてくることも多いわけな。

さて。「個人的意見」の範疇まで踏み込めば、だな。「自由には責任を伴う」ことに罰則が伴って然るべきかどうか、については、さすがに「マスメディアの作り手」向けの意見とワタシの考えが完全一致してるかといえば、やはりそうとも言えない。「公的権力に規制されるマスメディア」が最悪なのは頭では理解出来ても、心がそれについていけるわけではない。行き着くのがいつでも「単なる線引きの問題」になるのが、いつも「腑には落ちない」。自浄作用が働く限りは問題ない、としても、放送は「やったもん勝ち」の側面がある。「あとで怒られればいいだけだからやっちゃえ」が実際は成立してしまうのね。

随分大昔のことになるんだけど(多分30年くらい前)、「ミサイル等の兵器をカジュアルに紹介」する番組が読売テレビ(日本テレビか?)であったのね。いちいち人をチャカしたナレーションでもって核ミサイルの発射シーンを紹介するようなそんな、とにかく視聴者を逆撫でする天才のような、そんな。とにかくワタシは気分が悪くなった。そしてこれが批判の対象になったのかどうかはワタシは知らない。けれどとにかくどちらにせよそれは、「放送されて、ワタシの目に触れた」のである。まともな思考回路してればこれが「悪意を持って放送された」ことは誰がみたってわかる。こういうの、自浄作用だけでどうにかなるんかいな、と、やっぱり思ってしまうのね。

性悪説だけに基く世界には住みたくはないが、性善説だけでも心許ない。何度このことを考えてみても、必ずここに行き着いて、いやな気分になる。ほんと「説」じゃなくいい人だけ住んでればいいのにな、と思うに至れば今度は必ず「選民思考」に行き着き、そしてさらにイヤな気分になるのであった。オシマイ。

あ、そうそう。「この監督の作る映画が好きなのかそうでもないのかはちょいグレー」だけど、これは例えば「そして父になる」が、「少なくとも印象はある」というかさ、なんつーの、「これ、好き!」までどうしても行けないのね、この人の映画。箸にも棒にもかからないなんてことはなく、「引っかかる」のは確かなんだけれども。何がいかんのだろか、アタシにとって。ボキャブラリがないので説明でけん。