「年」を素直に変換出来ないストレス、伝わる?
何が起こったんだか、せいぜいここ一ヶ月以内なんだよね。「2016年」と打ちたいのに「2016寝ん」てなんだよ、と。
富士通のサポートサイトに答えがあったがこんな事象はじめてだ。でも直った。ダメモトと思ってたんだけど。
なんなのこれ。
辞書を自力で育ててきた人は単純に修復するだけじゃダメかもしれんけど、私は原則「カスタマイズはしない人」なので辞書を育てたことはない。
2018年2月の追記:
再現し、そして自分のこの記事に頼り、悩む、の巻。
同じ win7 だよ、環境が変わったわけじゃない。が、「その画像が言ってるプロパティ」を開けない。なんだ、どうやってこれに辿りつく?
正解の
このメニュー「さえ出せれば」その「プロパティ」なのだが、なんだろなぁ、タスクバーそのものが異様に反応悪いことない? それで反応せずにメニューが出てくれない事象にハマってただけだった。(これそのものも気持ちは悪いが、何か気乗りしないワケでもあったんだろう、気にしないことにする。)
それよりもそもそも修復もそうだが「学習結果をユーザ辞書に書き込む」のチェックを外したほうがいいんじゃないか、と思った。昔から Just System だろうが Microsoft だろうが「そう賢くもない賢さ」を発揮するがために「使いにくい」んだから。大昔のヤツだと「一回特殊な変換をしただけで」学習してしまって「誤答でしょ、誤答って今回も打つんでしょ」と「後藤」が使いづらくなる、とか、とにかく「学習そのものがいらんそんなもん」だったわけだが、「ほんの少しだけ昔よりはマシ」になったことで、ちょっと怒りの閾値が下がってしまっていたんだよね。(「そう賢くもない賢さ」と正反対のポリシーを持っていたのが Unix の unn などで、「バカ」に徹してるのが好ましかった。今もそうかな?)